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2015年3月21日 (土)

早起きは3文の得!?(因島 外ノ浦)

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今朝は大潮だったので5時前から起きて何時もの様にワンコとパン食べて釣りのテレビ番組を連荘で見て6時過ぎにバイクに載って出動!。曇ってるんでチョット暗いな~ただ今朝も寒く無かったんでラッキー!(^0^)

行き先は因島の東海岸方面、外ノ浦にしよう!。霞んだ向こうに因島大橋が見える。大潮なんで海は凄くひいてるな~。写真では分かり難いけどアオサが一面にビッシリやー!。

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アオサで足元が滑りやすいので気を付けて。

早速岩場でワカメを収穫!。5分ほどでタッパーに一杯。

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 帰りはペットボトルの水で手と足元を洗って。

晩御飯のおかずは今朝採ったワカメを使った味噌汁とマカロニサラダです。 (^_^)

Photo_9因みにキャベツの上に載っているのは家庭菜園で作った水菜とパセリです。

ワカメは鮮やかなグリーン色になりました。

午前中は奥山(390m)にハイキングに行って久し振りに運動したのに晩ご飯、食べ過ぎました。 (>_<)

 

 

2015年3月19日 (木)

少しリッチにコーヒータイム!

F1000391アウトドアでも美味しい珈琲を飲むのが楽しみなので出来る限り写真の様なセットを持参しています。荷物を軽くする時はステンボトルに、お湯を入れてインスタント系のカプチーノ類を持って行きます。

最近は毎週末に近くの山に同級生とハイキングに行っているので山頂でコーヒーを飲みながら日頃のタワイの無い話で盛り上がってます。(関西風に言ったら山へ茶でもシバキに行こうか!)喫茶店の珈琲より美味しい!\(^0^)/

 

F1000458釣りも趣味なのでオニギリを持って行く事が多いですが時にはラーメンなども屋外で食べるのも美味しいです。(^_^)

普段家で食べても余り美味しく感じない物でも屋外で景色を眺めながら食べると食欲がわいて何故か美味しく食べられます。やっぱり非日常な自然と開放感がエエんかな~?。

 

2015年3月16日 (月)

ワンコと散歩 (瀬戸内 因島)

Fuji_camera_273_2天気が良い日にはワンコの散歩で大浜の海岸か奥山ダムに行きます。奥山ダムは因島のバス釣りのスポットに成っている様です。狩猟シーズンには因島で一番高い奥山(338m)を後ろに控えているため猟犬の吼え声と共にパーン・パーンと猟銃の発砲音がします。先日、ハイキングに行った時に峠で友人と待ち合わせしていると雑木林でガサゴソと嫌な気配がしたと思ったら1mを越えるイノシシが現れヤバイ!(>_<)どうしようか!?と一瞬、イノシシが突っ込んで来たら、その場でジャンプしてやり過ごそうか?木に上ろうか?と考えましたが目と目が会った瞬間、大声を上げると一目散にイノシシの方から逃げて行きました。何回もハイキングに行っている同級生からは漫画じゃないんだから真上にジャンプしてやり過ごすって有り得んやろ~!って笑われてます(^^ゞ

Photo暖かい日には春の風を感じながら波打ち際を散歩すると気持ち良いです。この日は何処かの学校の野球部が砂浜で練習しており、このシーン以前も有ったな~と(-_-;多分同じ野球部や!。波打ち際を歩いて練習している近くに成ると順番に学生さんが帽子を取って礼をしながら”こんにちわ!”と元気よく挨拶をしてくるので,コッチも無視する訳にもいかずコッパ恥ずかしい気持ちで相手にチャンと聞こえる様に大きい声で”こんにちわ=!”と挨拶するけどこの先未だ部員は何十人も居るし!・・・白々しくUターンする訳にも行かず前進有るのみ!。結局20回以上は挨拶しました。しまった!帰りは?。。。砂浜を避け普通に歩道を歩いてUターンしたけど砂浜から見れるので結局同じ様に挨拶しながら帰りました。若者が何かに一生懸命打ち込む姿はイイですねー!。 それに比べ今の自分は・・・。(-_-メ

2015年3月15日 (日)

白滝山 散策(瀬戸内 因島)

1白滝山の山頂から瀬戸内を見渡すと眼下には因島大橋や沢山の島々が広がり箱庭の様な景色から因島八景にも選ばれています。

因島八景は他に大浜埼灯台から布刈瀬戸、大浜海岸から八重小島を望む、因島水軍城、六松公園からの多島美、因島公園から見る眺望、水軍スカイラインから地蔵鼻への眺望、梶の鼻から因島大橋への眺望があります。

 

 

1_2白滝山は標高227mの岩山から成っており古くから修験道の修行の場でした。
現在、麓から山頂に掛けて五百羅漢(実際には700体ほど)が祀られていますが、その創建は今から約185年前、柏原伝六と、その弟子達によって作られました。五百羅漢の中には自分に似た仏様がいらっしゃるとも言われてます。

フラワーセンターからの旧ルートでは駐車場からは618m、25分の歩行になります。駐車場の直ぐ上に伝六さんのお墓が有り、そこから参道に成ります。少しすると立派な石造りの仁王像が出迎えてくれます。その先は二股に分かれており右側は八十五番札所八栗寺経由で山頂に向かいます。

しばらくすると”くぐり岩”と言う大きな岩がずり落ち?人が歩ける空間を作ってくれています。この直ぐ上に八十五番札所が有ります。

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山頂では観音堂が有り十一面観世音菩薩と白衣観音像が祀られています。また観音堂の裏には”恋し岩”と呼ばれる岩も祀られています。この岩のいわれは、重井の村に恋に落ちた若者二人が結婚を誓っていました。そこに相撲の巡業が訪れ素質を見込まれた若者は3年したら立派な相撲取りになって迎えに来るとの約束をして上方へ旅立ちました。

1_4約束の3年を過ぎても若者は帰ってこず娘は悲嘆にくれ海に身を投げて死んでしまいました。若者は一生懸命修行し”白滝”と言う立派な力士に成り村に帰って来ましたが、娘は身を投げて死んだ事を知り嘆き悲しむ枕元に白滝山の観音様がお立ちになり、そのお告げにより身投げした海で娘の化身の岩を見つけ、五十貫(約190kg)はあろうかというその岩を一人で山頂の観音堂まで運び一生を掛けて供養したそうです。(T0T)

悲しい逸話があったんですね~。

私には、この岩はどうしてもミロのビーナスに見えてしまうんです。

 山頂には鐘楼が有り訪れた際には必ず梵鐘を1つ、ついてます。 重井町内には心地良い鐘の音が響きわたります。

 

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釈迦三尊像

右、文殊菩薩(知恵を司る仏) 中央、お釈迦様(一切の願いを受け入れて下さる温容なお姿) 左、普賢菩薩(全菩薩の上首として仏の教化済度を助けます)人々を教え 導いて迷いから救うこと。

2015年3月13日 (金)

13日の金曜日・・・。

Photo_4我が家にジェイソンがやって来た!?

我が家のワンコの朝食は何時の頃からか私と同じパン食に成りました。
以前、和歌山でも有名なパン屋さんのレモン食パンに嵌っていた頃はわざわざ予約して1本(3斤)買ってました。出来立てのホカホカだと、そのままで1人と1匹で1斤はぺロリでした。会社が休みの土曜しか買いに行けないので急遽仕事で買えなかった時は仕方なく普通の食パンを買って食べますが、その時ワンコは知らん顔して食べません(X_X)。人間と同様に贅沢なグルメに成ったようです。その時は甘やかさずドライフードを器に入れてほっときます。
そして半田舎にUターンした現在は贅沢もせず普通の食パンを食べてます。


 

Photo_5ドライフードはブリーダーさんから譲り受けた時にエサの種類の指定を受けていたので、ずーっとそれを与えています。人間の主食より割高で12kgで8,000円です。

因みにコシヒカリは10kgで2,600円です。

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ワンコのトイレは室内での排泄には抵抗感が有ったので小さい頃からベランダで済ませる様に躾けました。ベランダと室内への出入りは写真の様にチョットした細工をしました。

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Photo_8 ホームセンターで養生用のクッションパネル(ベニヤ板と同じ大きさで300円前後で有ります)を1枚買って百均で幅広の透明テープとで作成出来ます。パネルは強度が無く強風で折れ曲がるので写真のように出入り口上部に横方向と中間部に斜めに植木の支柱をテープで貼り付け補強し強風でひわらない様にしてます。掃き出し窓の出入り口に成る所には、柵を部分的に外したケージを置き出入り口の足元には足拭き用にペットシートを敷いてます。

2015年3月11日 (水)

阪神淡路大震災そして東日本大震災

Photoこの”鉄人28号”はJR新長田駅に隣接した若松公園内に設置されています。”平成7年1月17日5時46分52秒”に発生した阪神・淡路大震災震災復興と地域活性化のシンボルとして作られました。 モニュメントの周囲は「鉄人広場」として整備され1年を通して色んなイベントが行われています。
当時のテレビニュースでも長田区の火災報道で悲惨な状況を見た記憶があります。神戸では木造住宅が密集していた地域を中心に全体で7,000棟近い建物が消失したそうです。
5月の連休で和歌山から瀬戸内の島に車で帰省する時にも、阪神高速神戸線も当然通行止めで高架橋が倒壊し真下を通る国道43号や平行した2号線も所々通行止めで神戸市内の迂回路を走りながら市内の被災状況を目の当たりにし改めて地震の怖さを知りました。

 

 

そして”2011年(平成23年)3月11日14時46分18秒”東北地方を中心に日本周辺における観測史上最大M9.0の地震が発生しました。この地震により、波高10m以上の巨大な津波が発生し、東北地方と関東地方の太平洋沿岸部に壊滅的な被害が発生しました。また巨大津波以外にも、地震の揺れや液状化現象などによって、北海道南部から東京湾や関東沿岸に至る広大な範囲で被害が発生し、各種のインフラが寸断され多くの人々が一時、避難難民と成りました。その後も関東では計画停電や断水などで生活の不便を強いられる事と成りました。東日本大震災が発生した時間帯が日中だったため各テレビ局から津波の状況をリアルタイムで放送されていたのを見て、これが今起きている現実なのかと信じられない気持ちで一杯でした。阪神・淡路大震災での死者は約6,500名、東日本大震災での死者・行方不明の方は約18,500名と多くの方が亡くなられてます。東日本大震災で亡くなられた約90%の人達は水死だそうです。(津波の犠牲に成られたみたいです。) 東日本大震災は原発による放射能汚染により厳しい状況が続いていますが人類の英知により一刻も早く解決し東北地方も早く復興する事を祈っています。

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写真は高野山奥の院に建立された慰霊碑です。慰霊碑には亡くなられた方の名簿が納められ毎年、追悼法会が行われています。亡くなられた方のご冥福をお祈りいたします。

Photo_3我が家では災害に備えて写真の”非常用持ち出し袋”を玄関の使っていない下駄箱に入れてます。これ以外にも常にミネラルウォーター(株主優待品)、カセットガス、インスタントラーメンetcなど常備してます。

瀬戸内海でも活断層地震や南海地震による津波被害が予想される事から各自治体が作成しているハザードマップや津波浸水想定図を事前に確認しておく事が必要です。広島県の場合は広島県HPで”広島県津波浸水想定図”を検索すれば見れます。

2015年3月 9日 (月)

ジャンボ大根! \(^0^)/

Photo3月8日(日曜日)因島の万田発酵(株)さん主催で恒例の全国ジャンボ大根フェスティバルが行われていました。

ステージでのイベントでは小さな子供達が踊りを披露していたり、出店では尾道ラーメンや焼きそばetc、青空市場では市価よりグンとお得な価格で野菜や柑橘類などを販売していました。また豚汁やふかし芋のふるまいに沢山の人達の行列が出来ていました。

 

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全国的に因島で有名なのは中高年の方に人気の(随分昔にお嫁にしたい芸能人で1位に!)女優の東ちずるさん(万田発酵さんのCMにもでてますね)若者に人気のあるポルノグラフィティーさん、そしてテレビの健康食品CMで認知度の高い万田発酵(株)さんですね。

万田発酵さんは健康食品以外にも植物用万田酵素で色んなジャンボ野菜を育てて何度もテレビで紹介されてます。以前、関西のテレビ局ではメチャクチャでかいスイカを実際に食べていたのを放送していました。発展途上国の野菜作りや将来、来るであろう?食料危機に役立てば良いのにな~と思ってます。

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沢山のジャンボ大根が出品されていました。コンテナの大きさと比較したらどれほど大きいものか分かるかと思いますが、どれもこれもハンパ無い大きさです!。 (@_@)    

そして、この日、優勝した大根が40.18kgと信じられない重量です!。収穫するのも人力では無理なんじゃないかと・・・。 この後この大根はどう成ったんでしょうかね~?。

 

2015年2月28日 (土)

しまなみ海道の橋(因島大橋~伯方・大島大橋)

ブログ名に”しまなみ海道”って入っているのに、それらしい内容の記事が未だ書かれていませんでしたが先日、橋を渡る機会が有ったので写真をUPしました。

今回の写真では本州(尾道)と四国(今治)に直接繋がる橋の写真が有りませんがご理解下さい。             m(_ _)m

2 因島大橋:昭和58年供用

 橋長:1,270m

 支間長:770m(主塔間の距離)

 航路限界:50m(海面からの高さ)主要航路のため大型船の航行を確保するため

 主塔高:135.85m

 車道:14m


手前の道路に見えにくいですが路肩の白線と平行して青線が引かれています。これはしまなみ海道全線に渡って各島々の橋を基準として島内のサイクリングコースを分かり易く路面に書かれた道標(みちしるべ)です。

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 因島大橋はダブルデッキの2層式に成っており車道下部のトラス内部に幅員4mの人道と自転車、原付バイクの車道が有ります。本州四国連絡橋では本格的な吊橋として因島大橋で培われ使用された多くの技術が後の瀬戸大橋や明石海峡大橋に生かされているそうです。

 

Photo 生口橋:平成3年供用

 斜張橋

 橋長:790m

 中央支間長:490m

生口橋での数々の技術が生かされ後に当時世界1の斜張橋として多々羅大橋が生まれました。

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 多々羅大橋:平成11年供用

 斜張橋として当時、世界1だった

 橋長:1,480m

 支間長:890m

 主塔高:226m(しまなみ海道最大)

 

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”しあわせの鐘”は大三島側の多々羅大橋のたもとに有る、道の駅 多々羅しまなみ公園に有ります。恋人と二人で打ち鳴らすとメルヘンですが今回、男1人での探訪では恥ずかしくて通り過ぎました。 (-_-; 

また生口島側では写真の様に鈴なりにレモンが道路にはみ出すかの様にタワワニ実ってます。この直ぐ傍にはレモン谷と呼ばれる段々畑が一面に広がっています。生口島はレモン島とも言われ国産レモン発祥の地として、また国産レモン生産日本1とも言われています。

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   大三島橋:昭和54年供用、 アーチ橋、橋長:328m、中央支間:297m

 本四初のアーチ橋で当時、日本最長だった。

 大三島は格式の高い大山祇神社(おおやまづみじんじゃ)があり神の島として知られています。境内には樹齢2,600年とも言われている国の天然記念物に指定されている楠が鎮座しており宝物殿には全国の国宝・重要文化財指定の武具・甲冑が4割も奉納されています。

伯方島はテレビのCMで”伯方の塩”で有名ですが製塩工場は現在、大三島に有り見学も出来る様に成っています。私が小さい頃の島々には未だ塩田が残っていました。

 

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 伯方・大島大橋は伯方橋と大島大橋の総称です。   昭和63年供用

 伯方橋:鋼箱桁橋、 橋長:325m、 中央支間長:145m

 大島大橋:吊橋、  橋長:840m、 中央支間長:560m

 伯方島と大島の間に有る見近島は隠れたキャンプスポットとして有名です。

 このキャンプ場は上部写真のバイクや自転車、人道用の側道からしか行けず一般のキャンプ場のユーザーとは違い主に原付バイクや自転車でツーリングをする人達の人気スポットに成っています。

大島は大島石が有名です。私には未だチョット早いですがいわゆる墓石です (;-;) また因島の村上水軍と同じ系統の能島村上水軍が本拠地としていました。