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2017年8月28日 (月)

因島水軍まつり(海まつり)平成29年8月27日(日)

Dsc_0413 いんのしま水軍まつりの3部構成の第3弾として小早レースをメインとした水軍祭り最後のイベント”海まつり”が8月27日(日)因島アメニティー公園・しまなみビーチで行なわれました。

小早(こはや)とは戦国時代の軍用船で最も小型の船を指し”小早”はその機動力により偵察や伝令船として使用されていました。因島では村上水軍でも使われていた小早を復元し、水軍まつりで小早レースが行なわれています。

小早レースは14人の櫂の漕ぎ手、太鼓の打ち手と船頭による16人で小学生、中学生、レディース、一般の部で9時から予選が行なわれお昼から準決勝が行なわれました。

小早レース会場では参加チームのテントがしまなみビーチの端までビッシリ建てられています。今回は小学校:4チーム、中学校:9チーム、レディース:7チーム、一般の部:43チーム、と過去最高の63チームが参加しました。

15時30分から決勝戦が行われました。

小学生の部から熱戦が始まりました。

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Dsc_0355 続いて中学生の部です。

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Dsc_0367 レディースの部です。

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Dsc_0385 最後に一般の部です。

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優勝者に贈られる櫂と天・地・人の木玉です。

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Dscf4363 参加者全員が整列し表彰式です。

小学生の部の優勝は”因南魂~victoryDsc_0421 中学生の部の優勝は”因南中学校 天ホワイト

Dsc_0424 レディースの部の優勝は”紫電

Dsc_0428 吉充公と勝利の勝鬨を上げます。

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一般の部の優勝は”田熊火消屋

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吉充公が水軍祭りへの想いと世界平和に向けたメッセージを読み上げました。

Dsc_0438 閉会式では御屋形様と因島水軍まつり実行委員長が今年の因島水軍祭り成功の祝いと、また来年の水軍まつりの開催に向け、会場の人達と”勝鬨”をあげました。エイエイお=!\(^○^)

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今回の”水軍まつり”に携わったスタッフの方々に心から感謝いたします!。ありがとうございました。3日間思い切り楽しませて頂きました!。\(^○^)人(^○^)/

*表彰式やイベントの合間にBGMとして雰囲気を盛り上げて下さった水軍陣太鼓の皆さんの演奏に☆三つです=!

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2017年8月27日 (日)

因島水軍まつり (火まつり)平成29年8月26日(土)

Dsc_02311 いんのしま水軍まつりの第2部として”火まつり”が8月26日(土)因島アメニティー公園・しまなみビーチで行なわれました。

私が会場に行ったのは20時前の大松明の入場からなのでホンの一部分の紹介です。

水軍まつりは因島最大のお祭りと言う事で会場一杯の見学者と松明を手にした勇壮な水軍武者行列に圧倒される雰囲気に高揚感がハンパ無いです。撮影場所は最後尾で行列から20m程離れていますが風向きによって松明の炎の熱風が伝わって来ます。

同級生も参加している大松明の入陣・練り回しです。

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続いて御屋形様が家来を引き連れ村上水軍本陣の入陣です。

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Dsc_0225 客人武者の小早川隆景公の入陣です。

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Dsc_0228_3 全軍入陣です。

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Dsc_02302 圧巻の各種の陣容披露

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御屋形様の下知

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 御屋形様 勝鬨。エイエイお=!

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ほら貝の音と陣太鼓を合図に全軍退場

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 御屋形様に続き全軍退場

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Dsc_0262 続いて大筒花火です。

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Dsc_0330 花火の写真は今一ですが今年初めて見た花火良かったな~!。

*見学に行くのが遅かったので見学は最後尾からの撮影のため中望遠のレンズ(55~200mm)で撮影し、そのまま花火を撮影しようと思ったらファインダー内に花火が収まらず失敗1(人混みの狭い場所で広角レンズに交換するのに気が引けた)、そして夜間撮影なのに三脚を忘れたのが失敗2でした。

2017年6月28日 (水)

因島水軍まつり (島まつり) 平成29年6月25日(日)

Dscf4316 因島水軍まつり(3部構成の島まつり・火まつり・海まつり)のオープニングとして島まつりが6月25日(日)しまなみビーチで行われました。つい1時間ほど前まで梅雨の雨空にヤキモキしていましたがオープニングが始まる頃には青空も覗くように成り天気も回復しました。島まつりは水軍まつりの成功と先人に感謝するまつりです。 ホラ貝の音と共に水軍陣太鼓にて威勢良く島まつりの始まりです!

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Dscf42791続いて幸埼城隊(大浜町)を先陣に武者入陣です。

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最後に六代当主、村上新蔵人吉充公の入陣です。

Dscf42871 全隊の入陣整列に続いて安全祈願祭が執り行われました。地元、大浜町の厳島神社の宮司さんによる祈願です。

Dscf42931吉充公による玉串奉奠(たまぐしほうてん)二礼、二拍、一礼です。

Dscf42951水軍まつりの成功と同時開催されているランニングバイクの安全祈願が滞りなく執り行われました。

Dscf42971七つの地に因んだ七つの文字の想いと、その地の誇りを守り伝えよう。

灯:幸崎城(大浜町)、港:長崎城(土生町)、願:美可崎城(三庄町・椋浦町)、田:青影城(田熊町)、水:大江城(中ノ庄町・外浦町・鏡浦町)瀧:青木城(重井町)、竜:茶臼山城(原町・洲の江)

火渡しの儀:因島村上の先祖を守る菩提寺より聖なる火を因島村上当主村上新蔵人吉充公が受け取り矢の抽選により一番隊の美可崎城主から順に各城主に分け与えます。殿(しんがり:隊列や順番の一番最後)は大江城が受け持つ。

Dscf42981親方さまから御神灯を授かる時に陣容による各隊の持ち分を拝命する。

この後、昨年優勝した小早レースの各部の優勝チームと跳楽舞の優勝チームから天・地・人の木玉が返還されました。*孟子の教え「天の時、地の利、人の和」天の恵みの絶好のタイミングは地の利には及ばない。その地の利でさえ、人々の団結力には及ばないと言う意味で戦に勝つには、この3つの条件が必要だといわれてます。

続いて今年、小早レースと跳楽舞に参加するチームに割符が授与されました。

Dscf43011 出陣に際して三献の儀を行う:(水軍兵法書にある出陣の儀式)因島では勝ち栗、のしイカ(延ばす)、昆布(喜ぶ)などをつまみ、共に水盃をあける。水杯(ミズサカズキ:二度と会えないかもしれない別れのときなどに、互いに杯に水を入れて飲み交わすこと)

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Dscf43101 来賓祝辞では代表して平谷尾道市長が挨拶されました。

Dscf43111 村上新蔵人吉充公が下知(ゲジ・ゲチ:支配下の家臣たちに直接下す命令のこと)を読み士気を高めました。

Dscf43131 吉充公が因島水軍まつり出陣の勝鬨をあげ、喜びを分かち合う祭りを誓いました。エイエイお=! x3

Dscf43151 早速、小早に乗り出陣の気勢を上げます。

Dscf43211 最後は跳楽舞(飛び跳ねながら踊る)で会場を盛り上げます。

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ゆるキャラのはっさくんも水軍バージョンで参加!跳楽舞は踊りを知らない子供も大人も見様見真似で飛び入りで参加出来る楽しい踊りです。会場では多くの人が参加していました。

因島アメニティー公園ではランニングバイク選手権も行われていました。ランニングバイクは自転車のペダルが無く足で地面を蹴りながら進む競技です。公園内の敷地を広く使いコースを作っているので走行距離が有りスピードが落ちて来ますがゴールまで皆、一生懸命頑張っていました!。

Dscf42691 この写真は3歳クラスの予選です。

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2016年11月13日 (日)

因島水軍城まつり

Dscf0434111月13日(日)10時~15時で尾道市因島中庄町の因島水軍城で”因島水軍まつり”が行われました。近所なので、どの様な行事が行われているか駆け足で少し見てきました。写真は水軍城入口から本丸を見上げた所で、この入り口は村上水軍の菩提寺である金蓮寺の正門の横に有ります。
村上海賊船奉納行事が行われる10時に行ったので写真中央に見えてる御門で地元の宮司さんによる神事が行われていました。

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門の向こうで海賊船に祭段が祭られ神事が行われています。

_dsc00741 村上海賊に伝わる軍船を水軍城まで笛・ホラ貝や太鼓の音に合わせ運び上げる行事です。
一気に担ぎ上げる事はせず神輿の宮入の様にユックリと進みます。途中2度ほどお祈りを交えながら本丸を目指します。

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本丸の入口

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本丸の周りでは”村上海賊になろう!”と言う事で甲冑を着て写真撮影が出来ます。

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はっさくんネイル”と”海賊キーホルダーを作ろう!”もありました。

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他には”村上海賊グッズ販売”や日本遺産パネル展”もありました。

本丸の左には二の丸が有り今回は長テーブルが置かれ”とのさまお茶会”の会場に成っていました。はっさく大福とお茶のセットで200円です。

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定番の顔抜きパネルも有ります!。本丸の資料館内の展示物案内。

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水軍の由来がパネルで説明されています。写真では見え難いので下に書き起こしました。( )内は補足加筆してます。

Dscf04521 南北朝時代およそ今から650年前、南朝方の天皇である長慶天皇の命により信濃国から村上師清(もろきよ)が瀬戸内に入りました。この師清は、北畠親房の孫で北畠顕成という人物ですが、村上氏の家督を継ぐことで、村上師清と改名しました。

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天授三年(1377年)村上師清は建武の新政後、空白をついて因島を支配していた北朝方の今岡通任を因島土生町の釣島(現在の鶴島)・箱崎の戦いで破り、因島を手に入れます。  因島の周囲は、およそ三十五キロメートルです。島の近くを航行する船を監視し、臨戦態勢に備えるため、二十四の城を築きました。

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村上師清には三人の男子があり、それぞれ三つの島に分立させました。長男義顕を能島、二男顕忠を来島、そして三男顕長を因島に配置しました。  ここに同門意識による統合によって、後世に知られる能島村上氏、来島村上氏、因島村上氏の村上三家が生まれました。

Dscf04561因島村上氏の初代当主顕長は又三郎吉豊ともいわれています。永享六年(1434年)室町幕府から海の治安を命じられ制海権を命じられ制海権を与えられました。制海権とは、海上に関所を設けて、航行する船から税金を徴集するというもので、この手続きを無視した場合は、沿岸各所からホラ貝や陣太鼓が鳴り響き、村上水軍の船の群れが波しぶきをあげて突進し、ひとり残らず討ち取るとともにその積荷をすべて奪い去っていくという激しいものでした。

Dscf04551 海外貿易も盛んにおこなわれ、朝鮮や中国、遠くは東南アジアまで赴き、海賊というよりは瀬戸内海の海上交通の支配者、そして海外貿易の商人という側面をもっていました。 この当時の石高は、十一万四千五百石にものぼりました。 こうした国内外の貿易と当時の支配階級との関係により、権力と地位を不動のものにしました。国内では水軍として厳島(宮島)の合戦(当初、因島村上が毛利軍に加勢し大内軍と対峙していたが多勢に無勢で太刀打ち出来る状況で無かったが後に能島・来島村上水軍が加勢して状況が一変したと言う)や大阪湾木津川河口の戦い(織田水軍対村上水軍)など幾多の合戦に参加し、歴史を動かす大きな原動力となりました。

2016年6月26日 (日)

因島水軍まつり( 島まつり )平成28年6月26日

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因島水軍まつり3部構成(島まつり火まつり海まつり)のオープニングとして島まつりが6月26日(日)しまなみビーチで初夏の眩しい日差しの中行われました。島まつりは水軍まつりの成功と先人に感謝するまつりです。 ホラ貝の音と共に水軍陣太鼓にて威勢良く島まつりの始まりです!

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Dscf03041続いて武者入陣です。村上新蔵人吉充公の元に長崎城を先頭に入陣しました。

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因島水軍まつりの成功と安全祈願を会場の全員で祈りました。

Dscf03141無事、神事を終え弓矢を引き先陣隊の順番を選びます。先陣:幸崎城隊

Dscf03171 火渡しの儀:因島村上の先祖を守る菩提寺より聖なる火を因島村上当主村上新蔵人吉充公が受け取り先陣の幸崎城主から順に各城主に分け与えます。

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先陣、幸崎城より長崎城、美可崎城と順に続き各隊が整列

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昨年優勝した小早レースの各部の優勝チームと跳楽舞の優勝チームから木玉が返還されました。

Dscf03231 続いて今年、小早レースと跳楽舞に参加するチームに割符が授与されました。

Dscf03241 出陣に際して三献の儀を行う:(水軍兵法書にある出陣の儀式)因島では勝ち栗、のしイカ(延ばす)、昆布(喜ぶ)などをつまみ、共に水盃をあける。水杯(ミズサカズキ:二度と会えないかもしれない別れのときなどに、互いに杯に水を入れて飲み交わすこと)

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来賓祝辞では代表して平谷尾道市長が挨拶されました。

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村上新蔵人吉充公が下知(ゲジ・ゲチ:支配下の家臣たちに直接下す命令のこと)を読み士気を高めました。

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吉充公が因島水軍まつり出陣の勝鬨をあげ、喜びを分かち合う祭りを誓いました。エイエイお=!

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Dscf035111_2最後は跳楽舞(飛び跳ねながら踊る)で会場を盛り上げます。

そして、ゆるキャラのはっさくんも参加!跳楽舞は踊りを知らない子供も大人も見様見真似で飛び入りで参加出来る楽しい踊りです。会場では多くの人が参加していました。

今年は尾道市と今治市が共同で申請した「村上海賊」が日本遺産に登録されました。ストーリーのタイトルは“日本最大の海賊”の本拠地:芸予諸島-よみがえる村上海賊“Murakami KAIZOKU”の記憶-です。

因島アメニティー公園ではランニングバイク選手権も行われていました。ランニングバイクは足で地面を蹴りながら進む競技です。帰る途中、砂浜でも5・6歳クラスのレースが行われていました。直線コースだけど砂にハンドルや足を取られて難しいだろな~!?しかし、みんな気合が入ってカッコエエ=!! 後ろ姿ですが、この写真からも選手の熱気が伝わって来ますね~!

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Dscf03601 みんな最後まで一生懸命頑張りました!!!。

今日のイベントも沢山の人達で賑わっていました。今日も楽しい時間を、事務局のスタッフやボランティアの方達に感謝です!。ありがとうございました!!。

2015年9月 1日 (火)

いんのしま水軍まつり(海まつり)

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いんのしま水軍まつりの3部構成の第3弾として小早レースをメインとした水軍祭り最後のイベントが8月30日(日)因島アメニティー公園・しまなみビーチで行なわれました。

小早(こはや)とは戦国時代の軍用船で最も小型の船を指し”小早”はその機動力により偵察や伝令船として使用されていました。因島では村上水軍でも使われていた小早を復元し、水軍まつりで小早レースが行なわれています。

小早レースは14人の櫂の漕ぎ手、太鼓の打ち手と船頭による16人で小学生、中学生、レディース、一般の部で9時から予選が行なわれ13時から準決勝が行なわれました。

11時30分からは昨日の”火まつり”で行なわれた”跳楽舞はねくらべ”で大賞を受賞したスタジオSHIPによるキッズダンスが行なわれました。

12時からはミニライブの始まりです!。v(。・ω・。)

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シンガーソングライターの都竹宏樹さんです。NHKの「のんびりゆったり 路線バスの旅」(芸能人が路線バスを乗り継いで日本各地の魅力を紹介する番組で再放送BSで何回か見た事有るな~。)のテーマソングに成っている”青いバス”を歌ってるシンガーです。今回はこの曲を含めて全4曲を歌ってくれました。d(^^*)

次は因島にゆかりの有る”ひまり”のライブです。

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会場は恒例の!?全員でタオルをフリフリする曲に成って盛り上がって来ました!        ♪(゚▽^*)ノ⌒☆

気が付けば何時の間にか”はっさくん”も参加してタオルをフリフリしてましたー!。  (o^-^o) 

*”はっさくん”は今年も、ゆるキャラグランプリにエントリーしているそうなので応援してあげて下さい!。

ライブは手拍子したり腕を振ったりタオルを振ったりして会場に来ている人達全員が参加して楽しめるのが良いですね~!

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0_8小早レース会場では参加チームのテントがしまなみビーチの端までビッシリ建てられています。今回は小学校:4チーム、中学校:9チーム、レディース:6チーム、一般の部:36チーム、と沢山の団体が参加してます。

ビーチの遊歩道には因島各地域の城跡が有った城名の、のぼりが雰囲気を盛り上げています。


 一般の部とレディースの部の決勝スタートです。何れも熱戦です!!

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各部の優勝チームは、一般の部:烈風、レディース:小覇王レディース、中学校:一笑入魂 SOUL、小学校:因南魂 には優勝の櫂と木玉が手渡されました。

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 閉会式では御屋形様と因島水軍まつり実行委員長が今年の因島水軍祭り成功の祝いと、また来年の水軍まつりの開催に向け、会場の人達と”勝鬨”をあげました。エイエイお=!\(^○^)

今回の水軍まつりに携わったスタッフの方々に心から感謝いたします!。ありがとうございました。3日間思い切り楽しませて頂きました!。\(^○^)人(^○^)/

2015年8月31日 (月)

いんのしま水軍まつり(火まつり)

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いんのしま水軍まつりの第2部として”火まつり”が8月29日(土)因島アメニティー公園・しまなみビーチで行なわれました。当日は残念な雨でしたが、それでも会場の熱気と濃い内容で充実した”火まつり”を堪能させていただきました。(v^ー°)

0_2オープニングは”であい夢太鼓”による演奏から始りました。一生懸命、太鼓を叩く姿が力強く感じられました。

その後、麓俊貴氏による刀による演舞が行なわれました。

次は海上自衛隊掃海艇「まえじま」による開会宣言です。

 

 

0_3 チョッピリ残念な写真しか撮れませんでしたが、まえじまのマストには村上水軍旗がハタメイテいます。それよりも甲板上に目を凝らして下さい!隊員の方が帽子を振ってくれてるのが分かりますか!?これがイワユル「帽ふれー!」と言う艦船の挨拶です。操舵室からの号令により甲板上に整列した隊員が一斉に帽子を振ってくれています。\(^○^)

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こちらからは右端に有る国際信号旗によるUWの2文字の「ご安航を祈る」のメッセージを送っています。勿論この時、会場にいる人達全員でも手を振っています。当日のこの時間帯は大潮に近い干潮だったため「まえじま」は直ぐ近くを航行する事は出来ませんでしたが「まえじま」からの開会宣言は発光信号によるものでした。ここで”あんせいクン感動!”30年以上も前、モールス信号を勉強していたので和文のモールス信号が送られているのが分かりました。(ブランクが有るので文章としては頭の中で変換出来ませんでした(≧∇≦)

0_4大山百合香さんのライブの様子です。一緒に横で立ち見して居た福山からサイクリングで来ていた同年代の人と中々良い歌ですね~!ライブ最高ですね=!と二人で意気投合してました。(*^ワ^*)

孟子の教え「天の時、地の利、人の和」天の恵みの絶好のタイミングは地の利には及ばない。その地の利でさえ、人々の団結力には及ばないと言う意味で戦に勝つには、この3つの条件が必要だといわれてます。

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「天・地・人」の教えが込められた木玉の入場。

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馬神太鼓保存会と因南中水軍太鼓の演奏

0_8戦から小早一番隊の帰還により島人の老若男女が喜びの迎えの踊りを披露。

跳楽舞はねくらべ1部が終わり全員で踊りました。

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小早一番隊、入陣により篝火(かかりび)・大篝火点火

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ゲストの川満七重さんによるライブ演奏

0_13三線の演奏による琉球の民謡が心に染み入る感じで聞き入りました。

川満七重さんは大阪生まれですが祖父が沖縄県宮古島出身でその後因島に移住してます。そのルーツを辿り今ではで宮古島を拠点に民謡歌謡者として活動中だそうです。因島に、お父さんとお兄さんが居るそうです。私が知らないだけで因島ゆかりのアーチストって沢山居るんですね~。  \(^ ^)/

大松明本陣・入陣、全軍入陣

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御屋形様(吉充公)による下知・勝鬨

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0_12因島村上水軍陣太鼓による力強い演奏を聞きながら心の中はこの雨で花火は上がるのかな~!?と思っていると陣太鼓の響きが天に通じたのか雨は小雨に成り大筒花火が会場の人達のカウントダウンで火まつりに相応しく大きく打ち上がりました!。\(^ω^\)( /^ω^)/

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0_21跳楽舞の表彰

跳楽舞はねくらべ、ではダントツに完成度の高かった”スタジオSHIP”が2年連続で大賞を受賞しました。日頃の成果が発揮でき大賞を受賞しみんなテンションUPしてました。

賞状と木玉が授与されました。

その後、火まつりのフィナーレを飾るべく参加者・スタッフ・会場のお客さんも飛び入りで跳楽舞を心良く踊りました。

 

 

2015年8月 6日 (木)

いんのしま水軍まつり(島まつり)

Photo8月2日(日)10時より水軍城下の駐車場にて因島水軍まつり3部構成の1部として”島まつり”が行なわれました。島まつりはオープニングと位置付け、因島水軍まつりの成功と、先人に感謝する祭りです。皆が集い「いざ出陣」の勝鬨(カチドキ)をあげ、喜びを分かち合う祭りを誓いました。また、火まつりを2部として8月29日(土)火に照らされた夜の砂浜に鎧武者が集結し大松明の練りまわしがあり水軍太鼓に合わせ水軍跳楽舞(ちょうらくまい)が披露され、クライマックスに大筒花火などが打ち上がります。そして8月30日の海まつり、〆の3部として村上水軍が伝令船として使用した木造船「小早(こはや)」による競争レースが行われます。櫂のこぎ手14人と舵取りの船頭、太鼓を打つ人の計16人が乗り込み約1kmのコースで競われます。

写真は”ゆるキャラグランプリ2014”で137位/1,699で広島県内では1位の”はっさくん”の村上水軍衣装バージョンの後姿です。

 

本日の”島まつり”としてまず因島各町の城(公民館など)において出陣の儀式を行ないました。

1こちらは中ノ庄公民館にて行なわれた出陣式後の記念撮影の様子です。

この後、因島村上水軍の主な城跡から城主が集結します。青木城(重井)、幸崎城(大浜)、大江城(中ノ庄)、青景城(田熊)、美可崎城(三庄)、長崎城(土生)、茶臼山城(原・洲の江)。この中で行った事の有るのは月に1度以上トレッキングで行く青影山と今はお洒落なレストランと宿泊施設に成っている長崎城跡位です。その内、全ての城跡を制覇したいです。

 

Photo_2水軍城へは順次各隊が到着し報告。

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各隊が到着すると因島村上当主村上新蔵人吉充公が入場し公を中心に各城主が左右に整列。前列は吉充公護衛隊。

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火渡しの儀:因島村上の先祖を守る菩提寺より聖なる火を因島村上当主村上新蔵人吉充公が受け取り、弓矢により先陣隊を選び順に各城主に分け与えます。先陣:長崎城隊

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木玉返還:昨年、小早で優勝したチームから木玉(木の球)が各城主へ返還されました。

割符授与:各城主より、小早レース及び跳楽舞参加のチームに参加許可の割り符が与えられました。

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三献の儀:(水軍兵法書にある出陣の儀式)因島では勝ち栗、のしイカ(延ばす)、昆布(喜ぶ)などをつまみ、共に水盃をあける。水杯(ミズサカズキ:二度と会えないかもしれない別れのときなどに、互いに杯に水を入れて飲み交わすこと)

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村上新蔵人吉充公が先ず三献の儀を行なった後、各城主と一緒に三献の儀を行なう。

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 下知(ゲジ・ゲチ:支配下の家臣たちに直接下す命令のこと)を読み士気を高める。

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吉充公が因島水軍まつり出陣の勝鬨をあげ、喜びを分かち合う祭りを誓いました。

 

因島村上水軍陣太鼓:迫力ある大太鼓の鼓動が会場全体に響き渡り、マサシク身体全体が空気の振動と共に響くのに感動しました!。生で感じるこの迫力。

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跳楽舞(飛び跳ねながら踊る)

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 跳楽舞は踊りを知らない子供も大人も見様見真似で飛び入りで参加出来る楽しい踊りです。会場では多くの人が参加していました。

 

会場は数日来続く炎天下の中、”はっさくん”や甲冑で正装した水軍武者の人達は大変だったと思います。

2015年6月 8日 (月)

夏祭と散歩(因島)

Dscf14291熊箇原八幡神社の夏祭が6月7日(日)に有りました。朝7時から関係者が集まり神輿が置かれた祭殿で宮司・神主さんによる神事が執り行われました。祭儀の後には、皆にお神酒が配られましたが私はお酒が一切ダメなので有り難く気持ちだけ頂きました。

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先ず神社に入る前に手水舎で、お清めし拝殿に向かいます。

 

Dscf14281夏祭の行事は神輿を担いで町内に有る各地区の神社へのお参り(↑上写真)と、事前に神輿と神職さんによる神事を自宅前で執り行って欲しい個人宅を廻りました。威勢良く八幡神社を出発です。

神社から出発して数件の、お家を廻った所で元気の出る源を頂きました! (*^ー゚)v

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万田酵素のドリンクって初めて飲みました。効き目より先に感じたのは高いんやろな~ ('ω'*) 味は一般に売られている栄養ドリンクと同じ様な味でした。コレでファイト!2発位い出るな=! \(^ω^)/ そんな勢いで未だ痛い手首をかばいながら30数年振りに神輿を担いだけど思った以上にズッシリ肩にメチャ重い(´ω`) たかが100mほど担いだだけで汗びっしょり!。みんな思った以上にパワーあるな~。この後も幾度と無くリポD、ポカリ、お茶などの差し入れが続きました。

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町内を練り歩く様子。 山手の農家には島内唯一牛が飼育されていました。

Dscf14371今回、私の住む地区の神輿の練り歩きは午前中で終わりましたが初めての参加で歩くのだけで疲れました。神職さんは御歳も70歳位?なのに午後からも隣の地区を廻るそうで凄い! (゚д゚)携帯で午前中の活動量を見ると、ソコソコの運動量です。

Dscf1425111_2土曜には何時ものトレッキングで青影山と奥山ダムへワンコの散歩へ行きました。歩行数は少ないものの、山道を歩いているので消費カロリーは高いです。ヤッパリ普通に歩いて痩せるより有酸素運動した方が良い見たいですね!。 ヽ(・∀・)ノ

Dscf14251奥山ダムで同級生がバス釣りをしてました。釣れて無いとの事で取り合えずワンコを連れてダムを1周しました。その後、話をしながら見てましたが昨日の雨で水温が変わったのか釣れませんでした。数日前は35cmオーバーが3匹ほど釣れたとか。

日曜も午後から雲っていたので何時もの海岸に散歩に行きました。何だかやけに人が多いな~!

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家族連れと釣りをしてる若者が多いです。

釣りをしてる若者に話を聞くと福山大学の学生で、今日は釣り大会をしているそうです。

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クラブ活動等で来ている学生から挨拶される事は良く有りますが、今回は学校行事の延長と言いながら遊びなのに愛想良く挨拶してくれる若者が何人も居て気持ちが良かったです!。\(@^0^@)/

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今日エンジョイブログのTOPページに有る人気な記事ランキングで初めて1位に成りました!\(^ ^)/ バンザーイ 多分、今日だけの1日天下だと思いますが。皆さんありがとうございます!!m(_ _)m 

 

2015年3月24日 (火)

安政柑祭り(瀬戸内 因島)

 

F1000411_2安政柑は八朔と同様に因島の田熊町で発見された柑橘です。その実は八朔よりも1.5~2倍と大きく、中には1kg以上の果実もあり果汁が多く甘いのが特徴です。名前の由来は安政年間(江戸時代)に発見され栽培が広まった事によるそうです。文旦から派生したものとも言われて増すが自分個人の感想では文旦と八朔を足して2で割った様な味かな~?。

亀甲山八幡宮の境内には橘神社が有り安政柑の原木を祀っている事から毎年(今年で4年目ですが)安政柑祭りを行っています。

今年は3月22日(日)に第4回の安政柑祭りが地元の人達を中心に賑やかに行われました。境内では柑橘類や安政柑を使った大福や小さいお子さんには、わた菓子などの販売もしていました。

 

 

F1000378田熊町内の安政柑畑の傍の道路に面して安政柑の句碑が建てられています。

9時30分から亀甲山八幡宮の境内にある橘神社で厳かに例大祭(柑橘・菓子の神様)と安政柑顕彰祈願が執り行われました。

私も法被を着た氏子さん達の後ろで写真を撮りながら一緒に参加させていただきました。

 柑橘類では安政柑が一番好きです!。

 

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宮司さんは横笛を吹き、巫女さんは笙(しょう)といわれる笛を吹いて優雅な雅楽を奏でていました。雰囲気は平安王朝。神主さんの祈祷が無事終わり次に氏子総代で代表者の方が一番先にお参りしますが、そこで私やってしまいました!(>_<) 代表の方が2礼して拍手を打つより先にフライングして打ってしまいました(ToT) 。他所の人が賽銭を入れたタイミングで先にお願い事した気分でした。←チョット違う? 

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橘神社の直ぐ後ろには安政柑の木と一段と小さな小みかんの木?が植えられていました。ピンポン玉ほどしか無い! *きんかんじゃ無いですよ。

祈願祭も無事終わり恒例の神楽が有るらしいので、どんなか一目見て帰ろうかな?と椅子席が空いていたけど直ぐ帰れる様に立ち見してました。

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左は悪魔祓い  右は八重垣の舞(家庭繁栄と豊穣を祈る舞)

田熊神代神楽団と言って地元の有志一同で伝統を守っているそうです。

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(左)蛇との戦い   (右)蛇退治(頭を一突き)

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(左)子弓の舞      (右)恵比寿の舞

全然興味なんか無かったのにオッサンに成ったせいか結局最後まで見入ってしまいました。楽しかったな~。神楽が終わると三宝に祀られていたお供えを、来場者全員に配ってくれました。