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2020年4月 5日 (日)

我が家のワンコが虹の橋に旅立って1年

F1000292 我が家のワンコは1年前の3月25日、早朝「虹の橋」に旅立ちました。

何時かその時が来るのは分かっていても、唯一の家族であったワンコを亡くした時は受け入れる事が出来ず深い悲しみと喪失感で毎日のように泣いていました。こんなにも涙が出るのかと思うくらいに。。。

これが”ペットロス”と言われるものなんだ、と感じながら2年ほど続いた介護に解放されても無気力状態で何もする気も起らず日々悶々と過ごす毎日でした。介護している時は14歳の老齢と病状の進行により免疫力も弱まり体調不良や色んな病気を発症しワンコの事が心配で々、また亡くなる半年ほど前からは痙攣なども発症するように成り、気の休まる事は有りませんでした。当然食欲なんて無くて、ワンコと同じようにガリガリに痩せました。介護している期間は自分が怪我や病気に成ったらワンコの世話を誰がするんだ!?と、自分に言い聞かせ緊張感をもって生活してました。

1か月も過ぎた頃にはやっとワンコの居ない生活に向き合う事が出来るように成りました。それでもネットでペットの記事を見ると涙が出る事も。緊張感も無くなると当然、風邪をひいてしまい、咳の症状が完治するのに2か月も掛かってしまいました。自分自身も爺さんの域に達しているとはいえ初めての経験でした。日々無気力で痩せ細った自分を見て友人が船を撮影する事の楽しさを教えてくれました。

1年経った3月25日、ワンコの合同墓へお参りに行きました。

Dscn01281 墓碑に書かれているように「ありがとう」と、ワンコには感謝の気持ちしか有りません。16年間、一緒に過ごした楽しい日々。散歩もドライブも時には愚痴を聞いてくれたり唯一心を開ける相棒として。

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散歩に行った時には、コッチを振り向いて”たのしいね!”って

Dscf13561 緑内障に成り目が見えなく成って倉敷の病院へ通院している時に待合室で1枚のポスターが目に留まりました。「犬の十戒」という愛犬が飼い主に語り掛ける10のお願いです。ワンコと一緒に暮らす様に成った時に知りたかったと、強く思いました。

ワンコが亡くなって読み返すと、どれだけワンコのお願いを聞いてあげる事が出来たのか?”何でもっと早く異変に気付かなかったんだろう””もう少し優しくしてあげたら”と、強い後悔と思いを抱きながら、とめども無く涙がこぼれました。

合同火葬だったので葬儀から1週間後位に荼毘に付し納骨しましたとの連絡が葬儀の写真と共に有りました。また同封された便せんには「虹の橋」の詩が添えられており大泣きしました。今でもそれを読むと涙がこぼれます。

テレビで信頼関係が築かれている愛犬と飼い主が見つめ合うと幸せホルモンが分泌されると紹介されていました。それは言葉を超えたお互いの最大の愛情の現れだと思います。

Dc1221191 同級生から思いも掛けず一周忌という事で”お花”を頂きました。

有難うございます。

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何時も誕生日には大好きなケーキをプレゼントしてました。今回もケーキをお供えしました。

_dsc11591 風ちゃん虹の橋で待っといてね!また一緒に遊ぼうな!

PS:緑内障に成る1年半前の未だ元気だった頃、私が撮った動画を友人が編集してくれました。私にとっては何物にも変えられない一番の宝と成りました。3年前にもブログに紹介しましたが良かったら見て下さい。

賢い犬のトレーニング”、” 

友人が撮った動画↓

尻尾のない犬” ”尻尾のない犬②”

2019年9月16日 (月)

ワンコの墓参り と広島空港

Dscf02392 私の唯一の家族であったワンコが亡くなって半年近くが経ちました。時の流れと共に、あの時の悲しみは少しづつ和らいできましたがネットやテレビで同じ犬種を見る度に、”可愛いな~”楽しかった日々が走馬灯のごとく蘇って来ます。当然、お参りに行く道中もあの頃の事が思い出され”うるっと”きます。

9月15日、時間が有ったので2か月振りに三原久井IC近くにあるペットセレモの慰霊碑(合同墓)へお参りに行きました。今日は天気も良いので昼から125ccのスクーターで行きました。ツーリングに最適な秋とは言え残暑が続く夏日で用意していたペットボトルでの水分補給が必要でした。片道50km程なので1時間半で到着です。

焼香して手を合わせ”虹の橋”で合同墓の皆と楽しくしてる?将来、天国で一緒に暮らそうな!と何時もの思いを伝えました。

僅か5分程のお参りだけど充実感の有る一時でした。

何時もだとそのまま帰る所を今日は反対方向に進路を取り本郷へ向かいます。高速道路沿いの側道を走っていると、こんな標識が有りました。

Dscf02421 こんな所に山陽道の最高地点375mが有るなんて。この標識からは国道2号線に向かって下って行くのみ。そして2号線から本郷ICに向かって再び山の方へ向かって行きます。本郷ICを過ぎても続く急峻な山道でこんな感じグングン上って来ました ⇩ 。随分と山の中に来たな~。

Dscf02431 広島空港へは本郷ICから大した距離は無く専用の道路みたいなもので渋滞の心配は無いけどアクセスが車しかないのが厳しいかな?。スクーターも唸りをあげながら山道を上り、トンネルを抜けると(後で地図を見るとトンネルの上が滑走路でした)開けた台地に成りました。道路も広く整備されバイクは自分しか居なく、ここ走ってエエんかな~?と不安に成りながら案内標識を見ながら空港に誘導され無事到着。

ターミナルビル内に入ると一階は到着ロビーでスーツケースや、お土産を持った人達で一杯です。どうやら飛行機が到着したばかり。田舎もんの、お上りさん状態でキョロキョロしながらビル内をウロウロ探索し3階の展望デッキへ。

直ぐ目の前にANA機のB787-9型が止まっています。非日常な景色を見ると何かテンションが上がってきました!。全長:62.8m、座席数:395、貨物:約22t

Dscf02441 展望デッキから見渡すと左手に管制塔が見えます。

Dscf02621 手前に有るのは監視用のカメラ?が並んでいます。

これ以外にも正面に大きなレーダーが有ります。

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これは空港監視レーダーと言って空港から約110km以内の航空機の位置を探知し出発・進入機の誘導および航空機相互間の間隔設定等ターミナルレーダー管制業務に使用しているそうです。

他にも何の設備か分からないけど、こんな設備も。

Dscf02701 展望デッキは水色の部分で#5にANA機が止まっています。旅客機は展望デッキと正対しているので写真撮影にはバッチリ。

Dscf026711 そうこうしていると到着便のアナウンスが。轟音と共に勢い良く滑走路へ降下。よしランディングのベストショットを!と意気込んだものの残念な結果に成ってしまいました。

Dscf02461 今日は外出時に何時も背負っているデイバッグに放り込んでいる15年以上も前の古いコンパクトカメラなので、シャッターボタンを押してもタイムラグは有るし手振れ補正も無いので動く被写体はニガテです。

Dscf02471 鶴のマークのJAL機B767です。全長:54.9m、座席数:261、巡航速度:862km/h。

Uターンして♯3のボーディングブリッジへ向かって来ます。身体全体で受けるタービン独特のあの甲高い轟音に初体験。

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Dscf02521 ボーディングブリッジが接続され、しばらくすると子供さん達が手を振っているのを見て機長が両手を振ってくれているのが見えました。

Dscf02531 JAL機が燃料補給してます。

Dscf02581 JAL機とANA機の2ショットをと思い、色んな角度から撮ろうとしたけどこれが精一杯。

Dscf02571 その間、両機とも沢山のコンテナを積み込みました。

Dscf02591 ANA機が出発の時間に成りました。

Dscf02721 出発に際し展望デッキに居る人達が手を振って見送りです。そうすると ⇩ 副操縦士の方が両手を振ってくれてます。

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Dscf02791 滑走路のスタート地点に向かって右奥へ。そして轟音が聞こえて来ました!見る見る内にその機影は大きく見えて来たかと思うと目の前で離陸!シャッター押したけど飛行機が写って無い!!。唯一写ってるのも、また残念な写真に・・・。

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Dscf02841 コンパクトカメラはこの網目の隙間から写真を撮る事が出来ます。一眼用カメラのために3つ分の隙間が空いたところが何か所か有ります。

続いてJAL機の出発です。この時も操縦室の窓越しに手を振ってくれているのが見えました。

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Dscf02911 3度目の正直とばかりに今度こそ今日の1枚を撮るぞ!の心意気で、その一瞬に賭けシャッターボタンを押しました。⇩

Dscf02941 正面に見える3本線が離陸ポイントとみてシャッターチャンスを賭けてみたのは正解だったけどジェットの速さにタイミングが少し遅かったな~。

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アッと言う間に高く大空に!。

今日も色んな意味で充実した良い1日でした。

因みに一眼だとこんな感じで写せます。 7月27日、尾道でのブルーインパルスの写真です。

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2019年4月 8日 (月)

愛犬との別れ

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私にとって唯一の家族であったワンコが平成31年3月25日(月)”虹の橋”へと旅立ちました。こんなに辛くて悲しい現実に押し潰されそうな日々です。16歳と1か月と1週間、一緒に生活していたのに今はガランとした室内に喪失感と寂しさで何もする気にもならず、ただボーっとした時間だけが過ぎてます。2週間経っても。。。

生花は、かかりつけの”かとう先生”から頂きました。かとう先生との出会いは5年前の狂犬病予防注射で近所の公民館に輪番医として来ていた時です。一般的には事務的に注射して終わりなのに、たまたま家のワンコだけしか居なかったのせいだったのかもしれませんが、先ず体形を観察して軽く触診して簡単な問診して注射をして貰らい、話をしてなかなか良い先生だな~と思い、病院は何処に有るか聞いた所、尾道なので通院するにはチョット遠いな~と。それから翌年の1月の日曜日にワンコが突然倒れ歩く事が出来なくなり地元の病院は休みなのでタウンワークで調べると、かとう先生の病院が開いているので迷わず伺いました。診察してもらうと前庭疾患で眼球が左右に振れているので目まいを起こしているとの事で、見ると激しく左右に振れてました。治療が終わり先生から今日の診療内容と薬など処置内容を書きますので、明日かかりつけの先生に渡して下さいと言われましたが明日もこちらに来ますと即断しました。この日から、かとう先生が我が家のワンコのかかりつけの病院と成りました。ワンコはアレルギーで外耳が炎症して痒がったり詰まってる状態が続き、その後も治療のため1週間の間隔で通院してました。

3月に成り眼の具合がどうもおかしいので点眼薬を処方して貰いましたが、最近に成ってキャッチと言ってオヤツを投げても上手く食べられず、落としたオヤツが目の前に有るのに探し回ったり、階段も踏み外す事も有って心配に成り相談したところ眼科の専門医が倉敷にいらっしゃると言う事で紹介してもらい直ぐ予約を入れ診察してもらうことにしました。診察の結果は最悪で緑内障で左目は既に見えて無いとの事でした。右目もこのままでは近い内に失明しますと、飼い主にとっては厳しい現実を突きつけられました。先生からは緑内障の説明と今後の治療法などの説明を詳しくしていただきましたが初期段階では無い現状では手術しか治療が無いと言われ、その場で手術をお願いしました。看護師さんからも手術・入院時の説明を受け手術の予約をして、凄く落ち込んだ気持ちで帰宅しました。その日から気分は憂鬱で何も手に付かない状態でした。

平成28年3月15日に右眼の手術を行い17日に迎えに行きました。10年程前に子宮蓄膿症でも手術した事が有るくらいで私から離れた事が無かったのと手術とケージに入っていたので診察台の上で凄く興奮していたので私の匂いをかがせたり顔を近づけるとやっと安心してました。先生からは手術は成功して順調な経過ですと言ってもらえました。その後、1週間・2週間後の診察でも経過は順調との診察でした。これでやっと何時もの生活に戻れるんかな~と。フレンチブルは興奮のスイッチが入り易い犬種で我が家のワンコはドライブが大好きで車に乗ったとたんスイッチが入りハァハァ!ゼイゼイ!と興奮し体温が一気に上昇するので寒くても窓を開けて走るのが当たり前に成ってました。そして久し振りに散歩へと思い何時ものダムへ行きました。その2~3日後に顔・額に手を近づけようとするだけでキャイン!と泣くのでこれは尋常では無いと直ぐ病院に電話し急患で行くと感染症に罹ってとの診断でした。治るかどうかは五分五分と言われ一縷の望みを抱いて1週間通いましたが遂に両目とも見えなく成りました。この時ばかりは自分の認識不足と馬鹿さ加減にワンコに申し訳なくてどうしようも無く泣きながら謝ってました。

Dscf4661 その後も通院は1週間から2週間の間隔で健診していただき1年が過ぎた頃に手術した右眼の様子が思わしくなく最終的に摘出の診断が成されました。もう眼は見えて無いので迷う事無く摘出に同意しました。この時、先生からは同時に左眼の摘出すれば左眼のケア(点眼や通院)をする必要も無く成る選択肢も有る事も伝えられましたが、失明しただけでなく両眼の摘出は不憫なので右眼だけにしました。写真にあるように1年で右眼だけで3種類・2種類の点眼を5回~2回してました。左眼は以前から眼を瞑る事が出来ず2~3時間間隔での点眼をして夏や冬のエアコンシーズンでは1~2時間おきに点眼が必要と成ってました。これだけで時間に縛られるのと昼夜に関係なく点眼する必要からプレッシャーとで慢性的に睡眠不足に成っていました。

Dscf4657 この間使っていた点眼薬です。また左眼がマバタキ出来ない事による目の乾燥を防ぐ点眼薬はこんなに使いました。当初は使い捨ての容器から通常の容器に。

Dscf4654pf 使い切りの容器でもラップで覆い4回ほど点眼してました。

また、この3年間での大腸炎・膀胱炎など高齢になって次から次へと色んな病気を繰り返し、補助食品としてビタミン剤やサプリなど処方されたのを含めると結構な量に成ってます。

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この3年間で倉敷へは60回ほど通院し尾道へは毎週行った計算に成ります。病院代と交通費を計算するとファミリーカーが買える出費です。私がワンコを飼いだした頃には未だペット保険は無くて近年に成って各社から販売されて入ろうとした時には高齢で掛け金も高かったので入らずじまい。人間と同じでペットも長寿命に成っている現在ではペット保険に入る事をお勧めします。また今回お世話に成った眼科医の先生も丁寧に対応していただき直接、電話をもらいワンコの状態を確認していただく事も有り、良い先生に巡り合う事も大切です。大変有名で診察待ちしていたら飼い主さん同士で色んな話が出る中で遠くは山口や高知からも来院している人がいるとか。実際に私が話をした中に新幹線に乗って鹿児島から手術後の定期健診で来た人や高松から紹介で来た人も居ました。

ワンコも高齢に成ってくると2か月に1回の割で下痢や嘔吐など体調不良に成って心休まる事も無く何処がどう悪いのか口が聞いてくれたらな~と思うのでした。

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かとう先生にお世話に成って1年程した頃に食欲不振と満足に歩けない状態に成り血液検査や膵炎検査キットなどによる検査で膵炎が判明し、高脂肪・高蛋白の食べ物は一切ダメで、この先,一生の食事制限と成ってしまいました。眼が見えなく成って食べる事が唯一の楽しみだったのに、オヤツさえ食べる事も出来なく成って可哀そうだなと思ってたら缶詰も適応した物が有ったので眼科で処方された薬も混ぜて与える事が出来て良かったです。そして3か月後に右眼の摘出手術でした。

翌H.30年4月には食欲不振で再び血液検査をしたところ腎臓病である事が判明しました。先生からはこの状態で腎臓の機能は30%しかないので、この先厳しい状況に成ると言われた時には動揺して目の前が真っ暗に成りました。そんな私を見た先生からは励ましと今後の治療方法の説明をされ前向きに風花ちゃんと一緒に頑張りましょうと言ってくれました。この日から点滴注射と皮下注射を2日置きにする事と成りました。かとう先生や眼科の先生からも夏場が危険なのでクーラーで温度管理をしっかりする様にと、アドバイスがありました。近年に無い暑い夏をどうにか乗り切り秋に成る頃には老化により後ろ足の筋力の低下でヨロつく感じでの歩行となり、また眼が見えない事により1日中寝る事が多いため脳への刺激が無く余計に認知症が進み私の言う事も分からず、この頃から一段とトイレなど介護の負担が増え、車に乗ると何故か大声で喚くようにも成りストレスを感じてるみたいで、運転している私も大きなストレスとなり診察の度に、かとう先生へ愚痴をこぼすように成りました。通院のストレスが有るようなので体調は安定しているので通院間隔を3日・4日と段階的に開けて行きました。11月に成り日曜の診察を終え帰宅して昼食にしようかと思ってたらワンコが急にバタンと倒れ痙攣を起こし口からは泡をはいているのを目の当たりにした時には何が何だか分からない状況で、オロオロするだけで”風ちゃん!風ちゃん!”と叫んでるだけでした。12時を回り病院は日曜の診察は午前のみだけでしたが電話をすると偶然にも先生が居て直ぐ来るように言って下さったので飛んで行きました。座薬をしてもらい落ち着いた様子で帰宅出来ました。今後も痙攣を発症するとの事で座薬を処方されましたがワンコのあんな辛い姿を見るのは嫌で嫌でどうにか2度と痙攣を起こさない様に祈るしかありませんでした。年も変わり1月に成ると再び痙攣を起こし座薬を入れようとするも中々上手く出来ず失敗し2度目でどうにか挿入し30分程したら落ち着いた様子で、私は精神的にクタクタでした。秋口から食欲の低下で体重も見る間に落ち、その間に何度となくハーネスの調整をしました。

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去年の3月には10kg程有った体重も2月の中頃には7.5kgに成り3月には7kgに。当然今までの様にドライフードを食べなく成ったので、どうにか缶詰だけでもと手でつまんで口元に持って行くとやっと食べてる状態。そんなんでこの頃には後ろ足には全く力が入らず前足のみ動かせる程度に。3月中旬以降は寝たきりの状に成り痙攣を何度も発症し血便もあり体重も6.3kgまで落ち先生からはもう先は長くないので、飼い主さんの納得が行くようにしてあげて下さいと言われました。帰りの車中では止めどもなく涙が溢れました。缶詰さえも食べれなく成って流動食を注射器で口元から少しづつ飲ませる事が出来ましたが遂に流動食も口にする事も無く成り最後はほんの僅かの水を飲みました。

3月25日に日付が変わろうかとする時間にまた痙攣が起こったので何時も通りに座薬を入れ30分過ぎても治まる様子は無く1日2錠までならOKと言われてるのでもう1錠挿入して見守っても痙攣が治まる様子は無く口の泡を拭きながら、”今迄と全然違う!”と心で叫んでいました。長くても5分ほどで治まっていたのに、また病院も開いている時間じゃ無いし頭の中は色んな事がぐるぐる回って普通じゃない感じで。痙攣は1時間20分も続きワンコは精も根も尽き果ててる状態で可哀そうでどうしようも無く。。。30分したらまた痙攣が始まって直ぐ治まったけど、しばらくすると軽い痙攣を幾度となく繰り返し。。。長い時間が流れ朝方には昏睡状態に成り荒い鼻息で辛そうにしているのを見ると”もう風ちゃん!頑張らんでエエから!”と何度も何度も言い身体をやさしく撫でながら泣いていました。そして大きな息をしたかと思うとサッキまでしてた荒い鼻息がばたりと止みました。慌てて手を心臓に当てるともう鼓動は感じられませんでした。”風ちゃん!風ちゃん!”と大声で叫ぶと既に心臓は止まってるにも関わらず、頭を持ち上げてブルブルとしました。昔からアレルギーで耳が痒い時や耳掃除をした後にブルブルとしょっちゅうしていたので、これが私への最後の挨拶として旅立ったんだと感じました。それからは悲しくて悲しくて、しばらくは泣いてました。

インターネットで葬儀場を探したけれど何処にするか決めきれず、かとう先生へ報告と今迄お世話に成ったお礼を言いに病院を訪ね、葬儀場のパンフレットも3種類ほど頂きました。病院で先生の顔を見るなり大泣きしてしまいました。先生からは”風花ちゃんも飼い主さんも本当に凄く頑張ったよ!ここまでやったてきた人はいないから!”と。

亡骸を見てるとずーっと泣けてくるので、その日のうちに葬儀をする事にして三原の奥の山陽道の脇にある所に決め午前中が開いていたので、お昼前の予約を入れワンコと”ふたり”での最後のドライブをしました。葬儀場では人間と同じ様な形式で葬儀が行われました。最初に焼香を済ませ葬儀の写真を撮り(自分でも撮影し)花に囲まれたバスケットの中でバスタオルの上に寝てバスタオルを折り返して上から掛け前足と顔が出てる状態で、切り花を顔や首周りに1つずつ飾りながら話掛けました。そして一輪の花とメッセージカード(風ちゃん楽しかったよ、ありがとう、さようなら)を添えて最後に本当のお別れをしました。

自宅には花壇も無くてお墓も作れないし自分一人なので後々の事も考え火葬とお墓は合同にしました。

一週間後に火葬が済み合同墓に埋葬されたとの通知と共に葬儀の写真も同封され、見たとたんに、また大泣きしてしまいました。

お墓にお参りに行く時に、かとう先生から頂いた生花のお礼を言うために病院に寄り点滴してる時に介護の助言をもらったり世間話をしてた看護師さん達に、お礼を言って先生にもお礼を言いました。先生から優しい言葉を掛けられるともうダメで涙が出てきそうで。かとう先生・看護師の皆さん、ありがとうございました。

お墓に着くと大好きだった缶詰を供え焼香し語りかけました。

    「”風ちゃんまた天国で一緒に暮らそうな”」

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2016年2月18日 (木)

ワンコ13歳に成りました!

Dscf00871 我が家のワンコは2月18日で13歳に成りました! \(=^O^=)/
ホワイトロールと1つだけ家庭菜園で実ったイチゴでお祝いです。

Dscf00741 チョッと太り過ぎなので半分だけにして残りは明日。
昔の写真を見ると9歳頃から顔が真っ白に成ってます。因みに飼い主の頭も真っ白です。 (´Д`) 

我が家にやって来て1ヶ月経った頃です。生まれて5ヶ月。

20037291 生まれて10ヶ月の写真。(写真データが間違ってるかも?)

200312211 2歳の春 ↓ 淡いピンクは山桜です。

2005491 丁度、3歳の頃 (上2枚より子供っぽい!?)

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3歳の夏 ↓

20068121 4歳の春 ↓

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20074291

5歳の冬(12月)             6歳の春(3月)

200812281

20093211


 

7歳の5月                 8歳の4月

20105291

20114101

 


9歳の春(4月)

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11歳の夏(7月)

2014728111歳の秋(11月)

201411291 12歳の春(3月) ↓

2015381 12歳の春(5月)

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Dscf00611ワンコの13歳は人間にしたら何歳? 通院している動物病院の薬袋に印刷されてました。マダマダ元気で居て欲しいです。(^▽^)  3年前からワンコの方が年上に成ってました!(>д<;) これからは目上の人に対する対応せんとアカンのかな~?(o´ω`o)

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今日1日中掛かってやっと探し出した血統証書です。PCだと↓写真をクリックすると少しだけ大きく見れます。

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2015年9月29日 (火)

バランス!

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正面を見る体勢だと落とさない様にシビアにバランスを取るため、真剣に成り過ぎて睨んでる顔に成ってますね~。 (^ω^)

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鼻の上だと顔が分からないので頭に乗せると何かへん!?。 (´∀`)

Dscf21501中玉のトマトも何のその!。 (^Д゜)ノ

キュウリとトマトは我が家の小さな家庭菜園で収穫したものです。植え付けが遅かったのと日当たりが悪く日照時間が短いので生育が遅くどちらも未だ収穫中です。

ワンコは栗やサツマイモが大好きなので秋には何時も買って湯がいてます。

夏はヤッパリ、スイカが大好きです!ヽ(^Д^*)/

 

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今回のワンコの芸を”まるたま君”が動画にUpしてくれました。

こちらをご覧下さい。

2015年5月27日 (水)

夕暮れの散歩

Dscf13781今週は夏の様な、どピーカンの天気で日中は暑くてワンコの散歩は行けません。ワンコは散歩に連れて行け!とうるさいのに飼い主は横着なんで冬は寒いから、夏は暑いからと理由を付けては外出拒否を決め込んでます。鼻ぺチャは何と言っても暑さにメチャ弱いので、この頃に成ると朝一番か夕方に涼しく成ってからじゃないと行けません。今日は夕涼みの気分だったので何時もの砂浜に行きました。

 

Dscf1376118時を過ぎると殆ど人は居なく貸切状態でノンビリと散歩出来ました。

若いお母さんが小さな子供さん2人を砂浜で写真撮ってました。

防波堤の先端では制服を着ていたので会社の帰りと思わしき2人がエギングと言って海老に見せ掛けた疑似餌を付けてキャストしてました。釣りが好きなんやな~。

 

 

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(左)帰って来たらハァハァぜいぜい    (右)日中は暑さでバテてます。

Dscf13811夕日に染まる因島大橋。

約1年半前にUターンした時の朝日

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先週の曇りの日に行った時の昼顔

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今日はノンビリとしていたんで19時過ぎに蛍が居ないか奥山ダムに見に行きました。(先日、和歌山の友人から自宅の裏の池で蛍を見たと言うメールを思い出して)暗くなるまでニュースを聞きながらしばらく待ちましたが出て来そうにも有りません (ノд`@) 暗くなると猪は怖くないけど心霊現象の方が怖く成ってきて真っ暗に成る前に帰って来ました!。それはそうと島に蛍は居るんかな~?(´∀`)

2015年3月30日 (月)

因島公園 散策

Dscf0014春の陽気に誘われて桜の開花状況はどんなのか見て来ました。(^0^)

鯖大師の周りにも桜の木が有りますがごらんの様に未だ蕾の木が殆どです。咲いてる木も少し有りましたが1分程度でした。

後ろに見えるのが天狗山(207.3m)で山頂にはテレビ塔が有ります。またここより山頂に向かう登山道は”つれしおの石ぶみ”と言われ因島にゆかりのある文学者(今東光、吉井勇、林芙美子など)の小説の一文が刻まれている小路を散策する事が出来ます。

この鯖大師の言われは昔、旅僧が因島に立ち寄った時に漁師に鯖の施しをお願いした所、悪態を付きながら漁師は断りました。その後、漁師が魚が入っていた籠を見ると鯖や鯛など全ての魚が腐っていました。それに驚いた漁師は旅僧を探し深く懺悔しました。旅僧は漁師を許し腐った魚を海に放し、お加持すると魚は生き返って泳いで行ったと言う霊験です。大正時代に”村井才吉”さんが私財を投じ庭先にこの像を建てていましたが因島公園の整備に伴いこの地に移設されました。その頃と同じ様に鯖大師を囲むように四国八十八ヵ寺の石仏が並んでいます。街中に建立されていた時には私も小さい頃には近所だったので小さな境内で遊んだ記憶があります。

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石ぶみから瀬戸内を望む(眼下には造船所)

因島公園から見る夕日は因島八景の1つにも選ばれています。

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テレビ塔からの眺望。 (右)村上水軍像

2015年3月16日 (月)

ワンコと散歩 (瀬戸内 因島)

Fuji_camera_273_2天気が良い日にはワンコの散歩で大浜の海岸か奥山ダムに行きます。奥山ダムは因島のバス釣りのスポットに成っている様です。狩猟シーズンには因島で一番高い奥山(338m)を後ろに控えているため猟犬の吼え声と共にパーン・パーンと猟銃の発砲音がします。先日、ハイキングに行った時に峠で友人と待ち合わせしていると雑木林でガサゴソと嫌な気配がしたと思ったら1mを越えるイノシシが現れヤバイ!(>_<)どうしようか!?と一瞬、イノシシが突っ込んで来たら、その場でジャンプしてやり過ごそうか?木に上ろうか?と考えましたが目と目が会った瞬間、大声を上げると一目散にイノシシの方から逃げて行きました。何回もハイキングに行っている同級生からは漫画じゃないんだから真上にジャンプしてやり過ごすって有り得んやろ~!って笑われてます(^^ゞ

Photo暖かい日には春の風を感じながら波打ち際を散歩すると気持ち良いです。この日は何処かの学校の野球部が砂浜で練習しており、このシーン以前も有ったな~と(-_-;多分同じ野球部や!。波打ち際を歩いて練習している近くに成ると順番に学生さんが帽子を取って礼をしながら”こんにちわ!”と元気よく挨拶をしてくるので,コッチも無視する訳にもいかずコッパ恥ずかしい気持ちで相手にチャンと聞こえる様に大きい声で”こんにちわ=!”と挨拶するけどこの先未だ部員は何十人も居るし!・・・白々しくUターンする訳にも行かず前進有るのみ!。結局20回以上は挨拶しました。しまった!帰りは?。。。砂浜を避け普通に歩道を歩いてUターンしたけど砂浜から見れるので結局同じ様に挨拶しながら帰りました。若者が何かに一生懸命打ち込む姿はイイですねー!。 それに比べ今の自分は・・・。(-_-メ

2015年3月15日 (日)

白滝山 散策(瀬戸内 因島)

1白滝山の山頂から瀬戸内を見渡すと眼下には因島大橋や沢山の島々が広がり箱庭の様な景色から因島八景にも選ばれています。

因島八景は他に大浜埼灯台から布刈瀬戸、大浜海岸から八重小島を望む、因島水軍城、六松公園からの多島美、因島公園から見る眺望、水軍スカイラインから地蔵鼻への眺望、梶の鼻から因島大橋への眺望があります。

 

 

1_2白滝山は標高227mの岩山から成っており古くから修験道の修行の場でした。
現在、麓から山頂に掛けて五百羅漢(実際には700体ほど)が祀られていますが、その創建は今から約185年前、柏原伝六と、その弟子達によって作られました。五百羅漢の中には自分に似た仏様がいらっしゃるとも言われてます。

フラワーセンターからの旧ルートでは駐車場からは618m、25分の歩行になります。駐車場の直ぐ上に伝六さんのお墓が有り、そこから参道に成ります。少しすると立派な石造りの仁王像が出迎えてくれます。その先は二股に分かれており右側は八十五番札所八栗寺経由で山頂に向かいます。

しばらくすると”くぐり岩”と言う大きな岩がずり落ち?人が歩ける空間を作ってくれています。この直ぐ上に八十五番札所が有ります。

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山頂では観音堂が有り十一面観世音菩薩と白衣観音像が祀られています。また観音堂の裏には”恋し岩”と呼ばれる岩も祀られています。この岩のいわれは、重井の村に恋に落ちた若者二人が結婚を誓っていました。そこに相撲の巡業が訪れ素質を見込まれた若者は3年したら立派な相撲取りになって迎えに来るとの約束をして上方へ旅立ちました。

1_4約束の3年を過ぎても若者は帰ってこず娘は悲嘆にくれ海に身を投げて死んでしまいました。若者は一生懸命修行し”白滝”と言う立派な力士に成り村に帰って来ましたが、娘は身を投げて死んだ事を知り嘆き悲しむ枕元に白滝山の観音様がお立ちになり、そのお告げにより身投げした海で娘の化身の岩を見つけ、五十貫(約190kg)はあろうかというその岩を一人で山頂の観音堂まで運び一生を掛けて供養したそうです。(T0T)

悲しい逸話があったんですね~。

私には、この岩はどうしてもミロのビーナスに見えてしまうんです。

 山頂には鐘楼が有り訪れた際には必ず梵鐘を1つ、ついてます。 重井町内には心地良い鐘の音が響きわたります。

 

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釈迦三尊像

右、文殊菩薩(知恵を司る仏) 中央、お釈迦様(一切の願いを受け入れて下さる温容なお姿) 左、普賢菩薩(全菩薩の上首として仏の教化済度を助けます)人々を教え 導いて迷いから救うこと。

2015年3月13日 (金)

13日の金曜日・・・。

Photo_4我が家にジェイソンがやって来た!?

我が家のワンコの朝食は何時の頃からか私と同じパン食に成りました。
以前、和歌山でも有名なパン屋さんのレモン食パンに嵌っていた頃はわざわざ予約して1本(3斤)買ってました。出来立てのホカホカだと、そのままで1人と1匹で1斤はぺロリでした。会社が休みの土曜しか買いに行けないので急遽仕事で買えなかった時は仕方なく普通の食パンを買って食べますが、その時ワンコは知らん顔して食べません(X_X)。人間と同様に贅沢なグルメに成ったようです。その時は甘やかさずドライフードを器に入れてほっときます。
そして半田舎にUターンした現在は贅沢もせず普通の食パンを食べてます。


 

Photo_5ドライフードはブリーダーさんから譲り受けた時にエサの種類の指定を受けていたので、ずーっとそれを与えています。人間の主食より割高で12kgで8,000円です。

因みにコシヒカリは10kgで2,600円です。

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ワンコのトイレは室内での排泄には抵抗感が有ったので小さい頃からベランダで済ませる様に躾けました。ベランダと室内への出入りは写真の様にチョットした細工をしました。

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Photo_8 ホームセンターで養生用のクッションパネル(ベニヤ板と同じ大きさで300円前後で有ります)を1枚買って百均で幅広の透明テープとで作成出来ます。パネルは強度が無く強風で折れ曲がるので写真のように出入り口上部に横方向と中間部に斜めに植木の支柱をテープで貼り付け補強し強風でひわらない様にしてます。掃き出し窓の出入り口に成る所には、柵を部分的に外したケージを置き出入り口の足元には足拭き用にペットシートを敷いてます。